❖基本的な嚙み合わせ
丸みを帯びた咬頭(下図黄色部分)が、相手方の歯の中央のくぼみに嵌まり込む噛み合わせは、食品を噛みやすく、噛む位置も良く安定します。また、上の歯が頬を外側に、下の歯が舌を内側に押しやるため、食事中に頬と舌を誤って噛んでしまうこともなく、使い勝手も良好です。
臨床の実際では、くぼみの中の異なった3方向の斜面に、最も安定する三脚をイメージして、相手方の歯と接触する3点のコンタクト●を配置。3点は、できるだけ大きな三角関係に配置するほど、嚙み合わせの安定感が向上します。
ここで注意すべきことは、技工室やお口の中で、十分に上下の歯をこすり合わせて、
❉嚙み合わせが高い感じ
❉歯が捻じられる感じ
❉ガタつく感じ
などがないように良く調節した後に、3点の配置を決定することです。嚙み合わせの高さが正しくても、険しい斜面のうねりの上にコンタクトが存在すると、歯が捻じられる感じや、カクンとカタつく違和感をきたすため、患者さんは、嚙み合わせが高いと感じるものです。
相手方の歯と接触する噛み合わせのコンタクトは、それぞれ直径約1㎜の点状の面にコントロールします。この1㎜面積の中で鈍く光っている金属色のスポットや、●周囲の赤印記は、歯をきつくこすり合わせたり、嚙んだり開いたりを繰り返しているうちに現れるもので、上下の歯が、MAX1㎜の範囲内でこすれ合った後に、きちっと噛み合っていることを示しています。
自然な噛み合わせには、大なり小なり、こうした嚙み方の深さが、歯列全体にゆき渡っているものです。日本人に特有の薄く噛み切りにくい食品(海苔、ミカンの中皮など)を不自由なく咀嚼し、微妙にずれた位置に嚙んだり閉じたりを繰り返しても、カタつきや歯が捻じられる違和感をきたすこともなく、時折、きちっと嚙み合わせる時も、咬頭が、相手方の歯のくぼみの中に自然に導かれて、瞬間的に嚙み合わせが安定するのも、噛み方に深さがあることのゆえんです。
総義歯(左)、インプラント(中)などの噛み合わせの調節にも、条件が許す限り、丸みを帯びたでっぱりが、相手方の歯のくぼみに、点状に嚙み込むようにします。こうした嚙み合わせの安定は、顎や頭を支えている頭頸部筋肉(右)の、絶え間ない緊張を自ずと回避するため、肩こりや筋肉の疲労防止などにも役立っています。
❖インプラントの嚙み合わせ
インプラントの嚙み合わせで最も注意することは、できるだけインプラント体の真上で、相手方の歯と嚙み合うようにすることです(図1)。こうした嚙み合わせは、インプラント体が骨の中でねじられるようなトルク圧力をきたしにくく、インプラントの長期の生存に有利なコンディションです。
図2は、最も避けたい嚙み合わせの一例。上下の嚙み合わせの面がすれ違っていると、かなり嚙みにくいため、無理に強く歯をこすり合せる横向きのトルク圧力を喚起しやすく、インプラントの生存を脅かすリスクになります。
こうしたケースでは、図3のように、できるだけインプラント体の真上で嚙み合うように、嚙み合わせのコンディションをマイナーチェンジした方が安全です。
❖嚙み合わせに起因する自覚症状
一部の例外を除き、基本的に、すべての歯は、まんべんなくきちっとバランスよく噛み合っているものです(下図中央)。
年と共に顎の形が微妙に変化しはじめると、この寸分の狂いもない噛み合わせのバランスが、損なわれることがあります。こうした場合の臨床的な特徴は、一番奥の歯に強いコンタクト(●)を認めることです。
噛み合わせが強く当たる部位には、瞬間的に100kg以上ともいわれる強い圧力が集中するため、
❉歯が浮いた感じがする
❉疲れた時に痛む
❉噛むと痛い
❉上が痛いのか下が痛いのか分からない
❉歯ぐきが、少し腫れている
などの特有の自覚症状をきたすことが一般的です。尚、噛み合わせのズレが著しい場合には、ムシ歯や神経の炎症がなくても、急性症状(歯ぐきの中の強い痛み、歯ぐきの腫れ)をきたすリスクが高くなります。これは無理な力による、打撲や捻挫と同じ状況です。
❖嚙み合わせとメインテナンス
噛み合わせのバランスが崩れ、歯やインプラントを痛めるリスクが高いコンディションは以下です。
❉骨格の変化をきたしやすい更年期、低骨密度、リウマチ
❉ストレスによる、強い喰いしばり
❉硬くすり減りにくい材質の「つめ物・かぶせ物」
以上に該当する場合、メインテナンス(定期健診)毎に、噛み合わせのチェック、微調節をお受けになることが、歯の治療やインプラントの手術と同レベルで重要です。上記の自覚症状をおぼえたら、すみやかに歯科を受診してください。ちょっとした噛み合わせの調節が、歯やインプラントの寿命を大きく延ばすことにつながります。
骨格の変化のサインは、手指によく現れます(左)。こうした場合、ほぼ例外なく、顎にも変化が現れており、かみ合わせのバランスに要注意。装着から長期間経過した銀歯(右)は、硬く、すり減りにくいため、段差をきたしやすい歯科材料です。自然の歯よりも硬い素材は、嚙み合わせのコンタクトが強くなりやすく、痛みをはじめとした退行性変化をきたしやすい傾向があります。
いずれの場合も、定期検診時に、かみ合わせのチェックや微調節を、お受けください。